空港の仕事!私がグラハン女子をしていた頃のお話 ~研修期間編

グラハン女子時代の話

前回に引き続き、グラハン女子だった時の話を書いていきまーす!

引っ越しをすませ、入社したところからスタートです!

前回の話まだの方はこちらからどうぞ↓↓

空港の仕事!私がグランドハンドリング(通称グラハン女子)をしていた頃の話 ~志望から内定編

 

社員寮へ引っ越し、新人研修のはじまり

女の花園?!女子社員寮での生活

早期出社が始まる少し前に会社の女子社員寮に引っ越しました。

約6畳くらいの部屋に、ベッドと机があり、洗面所もついてました。

お風呂、台所、トイレは共同でした。なんとお風呂はジャグジー付き!!

日中に清掃業者の人が来て掃除するとき以外、ほぼ24時間入れるお風呂でした。

管理人も住み込みでいて、荷物の受け取りなどもしてくれました。

 

ねこた
ねこた

先輩もいるし、なんか社員寮って窮屈そう…

なんて思っていましたが、他の人たちとは挨拶したり、軽く会話したりするくらいで結構気楽な付き合いでした。

ガテン系の仕事なので、結構さっぱりしてる性格の人が多いような気がしました。

仲のいい人たちで集まって寮のラウンジのようなところで、集まって夏はタコパ、冬は鍋パみたいのをしたり。

最初は寮に住んで、お金が貯まったら一人暮らししようなんて思っていましたが、あまりに快適すぎて会社を辞めるまでずっと寮に住んでいました

 

ちなみに辞めてから何年かした後、この寮を調べたことがあったのですが今では老人ホームになっていましたwww

同期は女の方が多かった!

普通の会社では、みんな一斉に4月に入社すると思いますが、私の会社では4月入社の人もいましたが早期出社する人がほとんどでした。

私の年は同じグループに6月、8月、10月、12月、3月と新入社員が増えていました。

同期っていうくくりが結構難しかったんですが、1年単位の、学校で同級生になる人たちが同期って言ってました。

 

ただ2カ月入社が早いとやれることに大きな違いが出て、同期と言っても知ってることも段違いに違うしっていう感じで、出社日が同じ同期が一番仲が良かったです。

出社日が同じ同期は男が4人、女は私を含めて7人と、男性が多い職場なのに女の方が多かったのです。

中途採用が2人の、あとは新卒採用の早期出社組でした。

同期の中にはめっちゃ可愛くて細くてモデルさんみたいな子もいました。

入社前に噂になってたらしく、男性ばかりの職場なのでめっちゃモテてました!!

 

出社日が同じ同期の中で今も現役で働いている人が3人います。

グラハンは離職率が高いと言われていますが、はまる人にははまる仕事なんでしょうね。

車がないと出勤できない!

早期出社前に分かっていたことですが、現場(空港)での仕事が始まると、配属グループによって若干変わってきますが、早朝から深夜までのシフト勤務が組まれることになります。

私が配属されたグループは一番早い出勤が朝の5時半から、最後までになると23時半まででした。

 

早朝深夜の出退勤の場合、CAやグランドスタッフなどは家までタクシーが迎えに来たりするそうですが、私の会社では車通勤が原則でした。

もちろん当時学生だった私は自分の車なんて持っていませんでした。

身内に車屋さんがいたのですぐに手配しましたが(なぜか時間がかかる新車)シフト勤務が始まる前までには間に合いませんでした。

そこで新潟で使っていた母の車を父に成田まで持ってきてもらい、自分の車が届くまで使っていました。

ちなみに母はその間自転車通勤をしていたそうです。

親に甘え、車通勤問題は解決したのです。

 

どうしても車が間に合わない同期は電車通勤をして、1カ月くらいは日中の勤務に変更してもらっていたと思います。

研修始まり

早期出社が始まって約2週間は研修で、9-17時の日中の勤務でした。

研修では座学で、航空機の種類や、コンテナの種類など、実際に現場にいって、ストッパーのかけ方、指差呼称(指さし確認のこと)など、基本的なことを学びました。

旅客系の専門学校で学んでいた私はたぶん同期の中で予備知識がなかったと思います。

飛行機の機種の違いとかあんまり気にしたことはなかったくらいです。

ねこた
ねこた

知らないことばっかり!大変!

 

研修で教えてくれる教官は、以前に現場で働いていたおじ様方でした。

優しいおじ様方ばかりだったので、研修中はとても楽しかったです。

空港を知るということで、滑走路の周りの道を走ったり、格納庫に行ったりもしました。

 

8月入社で一番暑い時期だったので、外に出てするコンテナ誘導の笛吹きの仕方とか、こんな暑い中ここでする意味あるのかななんてこともやりました。

 

でもみんな真剣なんです!

避難訓練とか真面目に取り組んだことのない私にはカルチャーショックでした。

ピシッとできないと何回もやり直しさせられるんです。

でも貨物を運ぶ荷台って鉄でできているし、貨物自体も3トンとかかなり重いものもあるんです。

もちろん靴も安全靴っていってつま先の部分に鉄が入っている靴を履いていました。

それになんといっても航空機の間近で働く仕事です。

ひとつひとつのことがおろそかになってしまうと大事故に繋がりかねません。

そんな環境での仕事なので一歩間違えるとケガをしたり、事故につながるから研修でやる誘導の訓練なども真面目にやるのは当たり前ですよね。

 

研修で一番驚いたのは、到着作業を見る時の研修で航空機がスポットに到着するときのエンジンの音!!

間近で聞く初めてのエンジンの音は思っていたよりすごいおっきい音で。

みんな耳が痛くならないのかな?!と思うほどでした!

一応耳栓が備品で配られていたので、慌ててはめたりしましたが、当時の現場で使っている人はほとんどいませんでした。

最初こそ驚いたものの、不思議なことにずっと働いていると慣れちゃうんです。

だから耳栓している人が少ないのかも。

ただ後から難聴になるなどと言われているので慣れるのも注意が必要らしいです。

 

会社の保養所で一泊の勉強会もしました。

もちろん夜は宴会で。

当時はまだ未成年だったので私はお酒を飲むことはありませんでしたが、普段聞けないような裏話のようなことを聞けたり色々話が聞けて今では楽しい思い出です。

 

研修の最後にこれからに向けての抱負を作文に書く時間がありました。

私は担当の先生の不手際でこの8月に入社することになったことも書きました。

後で知ったことですが、その作文は班長に渡されており読まれていました。

あとから班長に担任の先生の文句書いてたよねって言われましたww

いざ現場配属!

グループだけじゃない!班の配属も重要だった

私が配属されたのはランプハンドリングの中でも一番取り扱いの多いANA機メインのグループでした。

当時の会社のランプハンドリング部のグループ分けは、①ANA機メイン②貨物機メイン③外資系メインと3つに分かれていました。

同期もこのいずれかに配属されていました。

 

またこのグループの中でさらに班に分かれるんですが、班の配属も決まっていました。

班単位で作業するので、一日中行動を共にします。

勤務時間の関係でたまに入れ替わったりすることもありましたが、基本固定されていました。

人事異動の時期に合わせて何か月かで班は入れ替わったりします。

みんなこの時期になるとそわそわ。職場の人間関係って結構重要ですからね。

 

最初の配属された時の班長は真面目で優しく、この人が入社して最初の班長でほんとに良かったなって今でも思います。

入社後すぐのハンデも班長のおかげで乗り切ることができました。

 

私がいた3年半の間でも色々仕組みが変わって、入社した時は4~5人班だったのが辞める時には3人班になったので今はもっと変わってるかもしれませんね。

 

資格!資格!!資格!!!

私が入社した当時、入社前に必須だった資格はマニュアルの普通運転免許だけでした。

1年前に入社した先輩はけん引の免許を取りにいかなくてはならなかったようですが、私の時はそれがなくなっていて、外部に行って資格をを取ることはありませんでした。

 

なぜ資格!資格!!資格!!!なのかと言うと、それは社内資格のことです。

グラハンの仕事はこの社内資格がないとほんとに何もできません。

みんな一見何事もないように普通に航空機のドアを開けているように見えますが、あれも全部社内資格がないとできないのです。

私が入社して一番最初にとった資格はバルクのドアだったと思います。

それぞれの資格にこの資格を持っていて、何時間座学をして、何時間の実技が必要、と細かく決められていました。

ドアにしても機種ごとに貨物用のドア、お客様が乗り降りするときに使うパッセンジャードアなど本当に細かく分かれていました。

 

そして広い空港を移動するのに必ず車の社内資格も必要なのです。

これがないと誰かに乗せていってもらって移動しなければならないし、この先とる資格も車の資格がないと取れないものも多くあります。

新入社員はまずこの車の社内資格を取ることを目標にされていました。

同期から一歩遅れどころか周回遅れになったハンデ

同期もそれぞれ各班に配属になって仕事をしつつ、車の資格を取る訓練をしていきます。

かという私はまだ車の資格訓練を始めるスタートラインにも立てていませんでした。

なぜかというと、空港内で車を運転するにはまず空港が主催する講義に参加しなければならなかったのです。

同期は内定者懇談会の日にすでにその講義を受けていました。内定者懇談会に参加していない私は講義を受けていません。

その講義は1カ月に1回程度開催されるものだったので、私は次の講義を受けるまで車の資格訓練を始めることすらできなかったのです・・・

 

1カ月の間に同期はどんどん訓練をして資格を取っていきます。

訓練を先に進めることができず一人取り残された感じがして、負けず嫌いだった私はこの期間本当に悔しくて辛かったです。

連絡漏れをした担任を恨みました・・・

 

でもこの出来事が私を大きく成長させてくれるのでした。

つづく

長くなったので、今回はここで一区切りにします!

次回、私を大きく成長させてくれたエピソードと、私が経験したグラハンの細かい仕事内容などもお話したいと思います。

ねこた
ねこた

最後までお読みいただき、

ありがとうございました。

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